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田倉夕美子は小さい点の集まりで描く絵を特徴とする画家であり、
今までに描きあげた絵は40年以上で数千点にのぼるという、
田倉夕美子は一般社団法人東光会の会員でもあります。
1930年東京都生まれのそのような画家が書いた小説集が「月夜の番兵」です。
「月夜の番兵」には5編が収録されています。そのもくじを紹介します。
◎ 落雷 7
◎ 月夜の番兵 43
◎ チャルメラ 97
◎ ボンスワール・ムッシュウ 155
◎ 円窓 239
◎ 解説 不思議な磁力―田倉夕美子の世界 作家 萩生 孝 323
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「月夜の番兵」には5編が収録されています。その抜粋を紹介します。
◆ 落雷
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七の門屋(かどや)には、子供がなかった。
年老いて、淋しくなるばかりのじじとばばは、蔦屋(つたや)の角兵衛のところに、養子の世話をしてもらいに行くことにした。
「こんにちは。お元気かね。角兵衛さん」
ようやくの思いで岡の上の蔦屋の家まで登りつめると、腰をのばしながらじじとばばは、・・・
◆ 月夜の番兵
終戦直前の話である。
そのとき辰は、中支にある最前線部隊、第八十一師団にいた。部隊は、大陸性の粘土質の土をじぐざぐとみみずの穴さながら掘りぬいた塹壕の中にあった。・・・
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吉岡は、引揚船第一号「国運丸」に乗る前、少し風邪気味だった。吉岡のいた第八十師団の診療所は、大規模であった。もちろん、そこの診療所は、日本人ならば誰でも診てもらえた。
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◆ チャルメラ
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「あっ」と、友馬は思わず声をあげた。板垣のワイフだったのだ。画材店のレジの前に、青白い顔で、能面の表情も固く、笑い顔一つ見せずに突っ立っていたあの女であった。白い二の腕の柔肌が、妙に男心をかき立て、裸になったそのときを連想させる、淋しい影を宿していた板垣磐の妻だったのである。
女の立ち去ったのち、友馬は興奮状態で、父親に詰問しはじめた。
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◆ ボンスワール・ムッシュウ
拝啓、突然のあなたからのお便り、怪しみ、かつ懐かしく、拝見させていただきました。そう、そうでしたね。以前にも、・・・
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あなたが、ぼくの視野から完全に消え去って三年、ようやくここ、武蔵野に落ち着くことができました。「恋も、三年が実のうち」とはよく言いますけれど、それにしてもあなたの馬之助君とのショッキングな情交、その事初めから五、六年は経過しています。あれは、・・・
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前略 麻椰さんからのお手紙、昨夕、手にしました。やはり、そうでしたんですか。馬之助君は、初め、明美さんに手を出した。それをやめさせようとして、今度はあなたが。「自分が色仕掛けで、馬之助君を奪ってしまえば、彼が娘さんから遠ざかる」とでも思ったんですね。ところが、そうは問屋がおろさなかった。なんたるこった。・・・
◆ 円窓
・・・おれは誘われたが、ついていかなかった。男ヶ池で、白井は本当の意味での虎治の秘密を確証したんだよ。秘密は、池のあの白い小屋だ。円窓から、白井は見た。闇に乗じて、虎次と女狐が、赤レンガ造りの商会の倉庫から宝の品々を掠め取り、池の中の小屋にこっそり運びいれているのを…。毎夜、円窓から覗いているうちに、白井は彼らの盗みの実態をすっかり把握してしまったんだ。庄助のしっかり者の嫁にでも告げられれば、着々と進められている山谷商会乗っ取りの虎次の陰謀も、たちまちおじゃんになる。白井は、暗黙のうちに『嫁に告げるぞ』と、虎次を脅したんだ。池の端で白井は、・・・
◆ 解説 不思議な磁力―田倉夕美子の世界 作家 萩生 孝
田倉夕美子さんの作品には、不思議な磁力が内包されている。
彼女の小説の着想は、大胆でかつ奇異に富み、文章の粗雑さもかえって緻密なこと以上に、彼女自身を表現している。それは、小説の秘法とは関係なく、彼女の特異な資質というほかない。
その不思議な磁力に、・・・
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2008年9月15日 初版第1刷発行
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